【傑作】 「あは。いっぱいします?」

 
 
 
69: :2006/01/22(日) 01:28:21 ID:

あの一件以来は結構自分達の事もお互い話すようになって。 
「学校慣れた?」と言う俺の問いかけに答えて「あんまり居場所無いです。」 
不用意に聞いた俺に普通の口調で言った時は、またやっちゃったかと。結構へこんだ。 
彼女がアパートに越してきたのは小六の夏頃で、慣れる前に中学上がってまたクラス替わって。 
四月に中学行き始めてもお母さん体調悪い時期で、学校休んだり途中で帰ったりで。 
周囲と打ち解けるタイミングを完全に逸して、浮いてる。それ聞いてまた、へこんで。 
友達とか知り合いがいなくて、寂しくて俺と接するようになったんだろうと思った。 
授業すんだら真っ直ぐ家帰ってきて、洗濯とか炊事とかこなして、暇出来たらドア叩いて。 
頭悪いなりに勉強しようとして手当たり次第に乱読してたから文庫本がたくさんあった。 
「続き読んでもいいですか?」って、静かに小説読んでる事が多くて。 
持って帰っていいよと言っても、汚したら大変だしとか言って必ず俺の部屋で読む。 
飲む物とかお菓子進めても、缶一本とか一袋とかじゃ遠慮して受け取らなくて、 
ボトルあけたやつ分けるとか、封切ったやつ分けるとかしてやっと食べてくれて。 
それきちんとお母さんお婆さんに報告するもんだから会うたびにお礼言われて、困った。 
お返しにとお母さんに色々ご馳走になった。 
タイ米のチャーハンってこんなに美味い物かと驚いて、レシピ聞いたけど普通の物で。 
タイ米買ってきて暫くそればっかり作って食べてたけどどうしても近づけなくて、 
彼女に聞いたら「私同じに作れないから、また食べに来てください。」って返事で。 
いいのかな、って思いながらも何度も食べさせて貰った。 
お礼言っても「娘がお世話になってますから。」いつもそう言ってくれて。 
色々気にかけてくれてて。彼女通じて何やかやと教わることも多くて。 
世話になりっぱなしの状態だった。
 
 
 
70: :2006/01/22(日) 01:28:56 ID:

そのお母さんが最近ちょっと元気ないな、とか思っていた矢先の事。 
俺と彼女が学校に行ってるとき、お母さんは動けなくなった。 
学校の名前を覚えていたお婆さんが、俺にも電話してくれて。病院駆けつけて。 
お婆さんは救急車を呼んだが、呼ぶかどうか迷って時間がたってしまったと、謝っていた。
多臓器不全。変化に気がつかない訳がない。何で放置したのか。 
医者が、叫ぶように言った言葉。おもわず怒鳴りつけそうになった。 
すいませんでした。」静かにそう言った彼女の方が、俺より大人だった。 
即入院。集中治療。身内を呼んでおくように。医者はそう言っただけ。 
完全に思考停止して。とにかく俺の手におえる事態じゃなくなって。 
困り果てて、親父に電話をした。返事は「今から行く。」それだけ。 
平日の昼に仕事抜けて、一時間ちょっと高速飛ばしてきてくれた親父。 
お母さんとは、俺が入居したときの挨拶で会っただけの間柄。 
「お世話になったんだろ。俺がお世話になったのと同じだ。」理由はそれだけ。 
親父はまだ話が出来たお母さんと、二人で少し話して。硬い顔して出てきた。 
お婆さんが限界っぽかったので、親父が送っていくことになった。 
彼女は残ると言ったので、俺も残る事にした。 
出来る事はないけど、彼女を一人には出来ないと、俺なりに思った。 
薬とか点滴とかの影響で眠ってるお母さんのベット脇にあったイスに二人で座って。 
じっとお母さんの顔見てる彼女の横で、俺が泣きそうで。必死で我慢した。 
彼女が泣いてないのに泣くわけにはいかなかったから、なんとか我慢できた。
 
 

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